法を護ると言うこと

著作権(C)2008年 小池 勝

 


と言う字が、(水)を表わすサンズイ偏と、(去)るを表わす去の文字とで、水の

中に人を投げ込む処刑を意味しているとは、白川静先生の「字統」

で調べるまで知らなかった。

初代インド法務大臣であったアンベードカル博士は、著書「ブッダと

そのダンマ」において、英知と慈悲の結合体がダンマで

あると述べている。

真のダンマつまり「法」は、司法と言う外部規律と、知恵と言う内部規律

とで構成されており、単に規律を護らせる為の処刑の種類を意味する【法】

を当てはめたのは、サンスクリットを漢語に

翻訳した僧又は学者の大いなる誤訳であろう。

偉大な高僧達

日本の仏教には13種類もの宗派があり、それぞれに立派な開祖が居る。

この方達は、仏教をほとんど中国を経由して学んでおり、もし中国の高僧

が仮に誤った仏教解釈をしていたら、葬式や戒名等、ブッダはまるで

ご存知ない商売が、仏教と言う名の発明品を、現代語に翻訳すれば、

商標・著作権を侵害し、仏陀を無視して氾濫させていることになる。

ブッダと言う仏教の開祖に対して、本来は、より忠実にしかも正確に理解しなくては

ならないものの、当時の最高のインテリである学僧たちは、距離的に遠く離れ、

言語でも大きく差異のあることを利用して、それぞれに流派を建て、

俺の教えが仏陀の本当の言葉であると断言した。

 

インドの初代法務大臣であるアンベードカル博士は、指定カースト

(不可触民)の出身であり、ある藩主がその優秀さに目を留め、

その支援を得て宗主国イギリスに留学し弁護士の資格を得た。

イギリスから独立したインドは、色濃くカースト制を残し、ヒンズー教徒に

あらざれば人に非ずと言った激しい差別を続けていた。

この体制の変革こそカースト制からの人々の解放であると認識した

アンベードカル博士は、正義と平等思想の根本がブッダの唱える

宗教の中にあることを理解し、数十万人単位で、

アウトカーストとかハリジャンと呼ばれた人々を仏教徒への改宗を果した。

アンベードカル博士は16歳の時、すでにマラーティ語で書かれた

仏陀の伝記を読んでいたそうである。

私たちは今、ナグプールのアーナンダ寺を拠点にインド仏教徒を率いている

笹井秀嶺師、理解者である翻訳家でありインドの差別問題に関する著作のある

山際素男先生を通じて、権力派・体制派・金儲け主義の中国・日本の過去の仏教者と

僧侶達が如何にブッダの教えを歪めてきているかを知ることが出来る。

≪インド仏教の指導者 笹井秀嶺師≫2009年5月、来日の折、佐々井様と私。

 

清らかな生き方

私が妻を肺がんで亡くした時、私の長男はそれから数年を経て、

亡妻の納骨を佐々井様にお願いしてアンベードカル博士や仏舎利と同じ

アーナンダ寺にお願いした。

息子は大学時代に休学して「第三世界の貧困」をテーマにインド

を旅したとき、インド仏教と 笹井さんに巡り合い、弟子となりナグプールで

和尚を務めてきた処から、 私もインド仏教の特異性と

カースト制について興味を持ち、アンベードカル博士、笹井秀嶺師、

山際素男先生の影響を受けた。

 

真理や清浄な心の根幹を指す「ダンマ」と発音する言葉が、

王侯貴族の死者の 祭祀代理人である

僧侶により、 地位・権力の色で染められ、人間社会を、

甲殻類の外殻のように規制で抑制した。

そこで【】という言葉は、規制用語と堕落し、処刑の形態

を示す文字に漢訳された。

 

私たちは無意識に高い地位や高収入を求めます。

しかし自己を高める目的の勉強でない場合、例えば日本の東大法学部

を卒業しても、他人の支配と統治に法律を用いる

一方の権力者にしかなれません。

 

世界中の幼児や小学生が「軍艦だよ!」と指さす船を、

日本国政府から給料を得ている 裁判官・検察官・法務省勤務の公務員は、

その子供たちが軍艦として認識している船を 「自衛艦だよ」と嘘を

つかなければならないのです。

昔、元首相の中曽根さんは、アメリカで当時のレーガン大統領に、

日本を 「アンシンカブル エアークラフト ウォーシップにしたい

と言ったそうですが、 憲法改正をせず日本を不沈航空母艦にする

為には、立派な日本の軍隊を、アメリカ憲法修正第2条に定める武装志願兵

である【ミリシア】と同じ自衛隊】と呼び、日本を海に浮かぶ

嘘つき国家に仕上げました。

 

法が権力統治の道具と化す

本来、人の清浄な生き方を示す言葉が、中国を経由することで、

権力者の統治に便利な 規制・制限・秩序であることに

支配者は気づいた。

 無知で従順な国民を期待する権力者達は、塔頭・伽藍を喜捨し、

僧侶を喜ばせる為の階級を与え、当時のインテリ層として、

佛・法・僧に帰依することを強要した。

この僧に対してまで帰依するという思想は基本的に誤りである。

もし仏陀が、自分を三宝の一つと位置付け、「自分や僧侶を敬え、

そして信じて従え」

などと言ったら、その時からすべての仏教徒は背を向け、

偽物の生臭宗教として蔑んだであろう。

また時の権力者と手を結び、豪華な生活をしていたら、

今時の流行りの宗教家の如く、すべての

平民から蔑まれていたであろう。

富に埋もれた日本の宗教家たちに、すべてを捨てて民衆を救った

ブッダの姿勢に学ぶよう助言します。

 

何故、政治家は法を歪めるのか?

世界の多くの政治家は、民衆を支配し、個人の私利私益という

収入獲得が目的です。

株式会社と言う利益追及機関はあるものの、自己に都合の良い

法律や判決を得るためには、国会での多数と、国に於ける最高の

地位が必要になります。

 

国会を支配し得た時、国の法律は無視できることになり、多くの

判事たちは、地位と収入を得るため自己の任命権を掌握した

権力者にシッポを振る、可愛い愛犬と化すのです。

 

言語定義学には、【政治家の恣意的法律解釈を許さない】と言う目的

があり、日本での【解釈改憲】等と言う言葉は違法行為の範疇に入り、

司法権が立法権の下位概念ではないことの証明になります。

 

2016年6月24日

息子小池一郎宅にて、中央 佐々井秀麗師 右側 私小池勝

昨年は生死の狭間で闘病生活を送っておられた佐々井様が、今年は

言葉や体の動きもしっかりされ、一先ずはご健勝で安心しました。


 


日本岩磐浴協会