癌と命の値段

Social Problemの解決に向かって!

著作権(C)2010年 小池勝

 

日本の人工透析患者数は、2008年で約282.000人である。

しかも腎臓病での死亡者は年27.000人。

私が独裁政治家であれば自殺者年間32.000人と、平成21年の交通事故死者

約5000人を臓器移植の対象者とする。

そして臓器提供者本人かご家族には、臓器移植希望者(透析患者)が、1000万円程度の

臓器提供謝礼金を支払うシステムにする。

日本の自殺者の30%は経済的理由で、家庭内不和原因の50%も収入不安である。

お金があれば、とり合えず65%近くの自殺者が減り、透析患者の内、年間15.000人

程度の腎臓病患者が透析の肉体的苦痛と精神的苦痛から救われる事になる。

 

臓器提供を無料にしている現在の歪んだシステムは、病に苦しむ患者を無視して

仕組まれたものであり、苦しんでいない者(学者と官僚)たちのお遊びでもある。

厚生労働省が牛耳る人工透析産業は、とんでもない高額な金銭が動く市場であり、

もし社会が常識で運営されると、透析病院をはじめ、医療産業が不況になってしまう。

 

私は平成22年3月31日、ある公立病院に心不全で急遽入院し、手術をして助かった。

腎代謝内科に6年半毎月通院し糖尿病の治療をしていたところ、夜間咳が始まり、

呼吸が苦しくなったので自宅近くの循環器専門医院で見てもらったところ、

自宅に戻らずそのまま公立病院に紹介状とX線写真を持って入院した。

 

公立病院のX線過剰撮影振りは過激である。

循環器専門医院でX画像と紹介状を持って夜間の駆け込み入院をしたのに、あらためてX撮影を行い、

退院時も、血糖値安定を確認する為1日遅く退院したにも拘らず、循環器医師と

私との合意を無視して病院側は退院当日までX線撮影を強硬に主張した。

病院の売り上げに協力する目的だけで、発癌性を高めるX線撮影など、断固拒否して

退院してきた。

 

日本における癌死亡率が病死中1位であるのは、 絶対にX線の過剰被曝が原因である。

約25年以前、知人の循環器専門の医師と共に、低X線量画像装置の特許出願

していた私は、今日、日本岩磐浴協会会長として、また【微量放射線基準】を策定した者として、

X線フィルム会社やX線撮影装置会社と厚生労働省との癒着は、

X線の過剰被曝問題と併せて許されない、国民に対する準犯罪行為であると感じていた。

 

命の値段

事前評価と事後評価

私は妻を肺癌で亡くした時、バブルの末期とは言え、もし妻が死なずに済むなら

億単位のお金も自宅も何も要らないと思った。

家族を癌で無くした方なら、何時でも、何回でも、同じ思いを持ち、時には自分が死んで

家族が生き返るのなら、自分が死んだ方がよかったと涙の中で思い返すでしょう。

 

努力で回復できる金銭と、一生で一度の人生を秤に乗せる事はできませんが、

命を秤に無理矢理乗せてでも、20年も前に家内が好きだったユーミンの曲

「あの日に帰りたい」が耳鳴りのように止まないのです。

 

20年も妻を奪った癌を追求していますと、専門家には見えない,ある社会現象に

気付く事になります。

つまり厚生労働省の治療指針に反する治療方法で、末期がんや悪性腫瘍の治療に

効果のある、科学的根拠を持つ癌対策が見付かったとします。

多くの国でも、本当に効果のある治療方法を発見した人は、数十兆円産業である製薬会社や

総ての医療関係者の敵になってしまいます。

この社会では、人を救うより、自分の生活や安全性維持のため、

沈黙を護る事の方が大切な場合があるのです。

 

何処の国においても、従来の治療やシステムの中で地位と利益を護っている人達は、

権威と秩序を護り、外国人や発明者、改革者や貢献者にブレーキをかけます。

地位を奪い、研究機関から追い出し、証拠を燃やし、弾圧をします。

しかし考えて下さい。

生命は個人に帰属する総ての権利の根源です。

他人が支配する法律や制度とは価値が異なります。

そこでお尋ねします。

あなたの命は幾らでしょうか?

 

私たち日本人には、発明者に対して正当な対価を支払う習慣がありません。

明治以来、日本人の近代史は、長期の戦争継続のため、統制された、価格体系に慣らされてきました。

また日本の特許法には、英米法の定める「発見」が、特許の要件にされていません。

その為、発明は【専門家領域】であり、発見は【素人領域】と看做される習慣が固定化しました。

今私は末期がんに対しての有効な対策を【発見】しましたが、名誉・地位・報酬の三点の対価は

得られそうにもありません。

そこでこれからは、真剣に日本から離れての成果と評価とを探すつもりです。

続く